…穴に落ちた私を、忍は、銅は、
一体どう思うのか?

私は声が出せなかった。

上で私を呼ぶ声がする。

私は息を殺して、痛みに耐えていた。

「もしかして、魔道門が開いたのかもな」
「ま ど、もん?」
「ほら、俺達が来た道だ。…いないし、戻ってみるか?」
「おう さま、どこ?」
「きっと城だぜ。くそ…俺達だけ歩いて帰るのか。頑張ろうなー銅」
「がんば る」

最後にもう一度、銅が
「おうさまー」
と私を呼んだ…

王なら穴の底だ。なんと無様な…

私は目を閉じた。

眠れば傷も癒え、土を削って外に出れる。そう思った。

2日経ち、3日経ち、
私の折れた骨は曲がってつながってしまった。

もう、立つ事すらできない…

5日目、
眠っていた私は顔を硬いもので擦られて目をさました。

月明かりの下、始めて見る獣が私の前にいた。
その瞳は白目が無く、全てが真っ黒だった。
手の指は、黒く硬い。
先は尖っているが、摩擦をうけて丸まった形状をしている。

化生の森の半獣…
これは…もぐらだ。

目が悪く、土を掘るのに適した手をしている。
好奇心が強い、まだ若いオス。

もぐらは私を何だと思ったのか、
それから毎晩、食べ物を持って来るようになった。

ミミズや虫など、ぞっとするような物まで最初は持ってきていたが、
虫は食べないとわかってからは、百合根や芋、時には果物を運んできた。

そう、季節は移り時は流れた。

もうすぐまた冬がきて、1年が経つ。
穴の上には草が倒れ、ここは昼でも暗い。

暗い土の中で、夜になると通ってくるもぐらを待つ。

私が王だったのは昔の話しで、
今はもぐらが私の王だ。

また明日もきてくれるようにと、
私は何でもする…

ここで思うのは、私は自由だという事。

納める国も争いもプライドも駆け引きもない。

とても静かだ。

私はこの1年、生まれてはじめて幸せだったように思う。
来年も、その先もずっと、
良い年が私に訪れますように。

この地下の王国で、私はずっと、しあわせに、暮すのだ。