「かわいそうだよ」

僕は当然そう言った。
デメキンは今にも腹を上にして浮いてきそうだ。

「どうしてえ?」
甘い口調にちょっとムカッとした。ただでさえ暑くてヤな気分なのに…
「だって当たり前だろ。金魚はちゃんと水槽に入れてあげなきゃ。死んじゃうよこんなの」
早口でそう言いきった僕に、天君は小さな笑みで答えた。

天君は静かに手を水の中に入れた。
赤い網の紐をほどいて、開いた網の口を水の中で振る。
デメキンは震えるようにヒレを揺らしたかと思うと網から出て噴水の中を泳ぎだした。

「あっ」
僕は声を上げた。
黒い影が波にのまれて揺れた次の瞬間、排水口に吸い込まれるのを見たからだ。

「天君!」
「…なあに?」
「だめじゃないか」
「ボクはそうは思わない」
彼は言い、表情を変えずに立ちあがった。
「ボクは水槽の外に出たい。公園の噴水でもかまわない。願いが叶うなら、
 噴水からも逃げ出して川を抜けて海に出たいよ。そのために早く死んでもかまわない」

僕はそれを聞いて何かを思った。
だけど公園は暑くて、僕はそれを考えるのが面倒だと思った。

デメキンはかわいそうで、天君はいけない子なんだ。そう想うのは楽だった。

僕が「やっぱりダメだよ」と言うと天君は「ボク帰るね」と言って公園を出ていった。



新学期が始まり、じきに冬休みがきてやがて卒業し、
天君と話したのはあの1日だけだったのに、何年たっても僕は彼を忘れずにいる。

こんなよく晴れた夏の日に、太陽を反射させるまぶしい水面を見ると尚更
彼は今どうしてるかと考えてしまう。

あのきれいな男の子は海に出たのただろうか。

大好きなイトコは結婚した。

僕は大人になり、平和で何も無い一人ぼっちの水槽にくらしている。

                       END