「……イイ事?」
「うん」
沢村は無表情だ。
考えるときは眉を寄せるが、意表をつかれると表情がとれないらしい。
観察してたら沢村の顔がいつもの難しい顔に戻った。
そしてまた椅子に腰掛けた。それから僕を見た。
「わかった。いいだろう」
「ほんと?」
「うむ、奥の本棚でトルストイについて深く語り合おう」
「ちぇ。イイ事って言ったら、深読みして勘違いして困るかと思ったのに」
「それほど浅くはない」
「そうらしいねー。…6は英語で何?」
「…は?」
「ロクだよ。六」
「シックス」
「靴下は?」
「ソックス」
「アレは?」
「ザット」
「……そうだよねえ」
「…なにがしたいんだ」
「退屈なんだよー」
「本を読みたまえ」
「はーい」
僕は奥の本棚へと向った。
沢村って難しい奴だと思ってたけど、話してみたらそうでもなかった。
ここにある本も難しそうだけど、読んだら結構おもしろいのかもしれない。
しかしそれはまた今度にしよう。
僕は本に触れないまま、そのコーナーから出た。
沢村はまたさっきの本を読んでいる。
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