僕は沢村の向いの席に腰を下ろした。
沢村は重そうな童話集をそっと机に置いて、
「話は知っているが、きちんと読んだ事はなかったから」
と言った。
そう言われれば僕もそうだ。
「えらいなー、沢村って」
「…えらい?」
「うん」
沢村は眉を寄せて考え込む顔をした。
「あの、沢村、聞き流してくれていいんだけど…」
「…あ、ああ。すまない」
なぜだか沢村は顔を赤くした。
本に視線を戻してまた1ページ、ページを捲った。
「今、何読んでんの?あ、ごめん、話しかけたら邪魔だよね」
「いや、構わない…今は『人魚姫』のところを読んでいる」
「うわ、僕、その話、大キライ」
「良い話じゃないか。ひたむきに愛して命も捧げる」
沢村はアホな僕をなだめるように言った。
あれ、沢村ってそうお堅い奴でもないのかな?
「うーん…、でも、やっぱヤダ。だって王子様とられちゃうんだよ?ヨソの姫にさあ」
「…王子には人間の姫が相応しいという事だろう」
「そうかなー、そうかなー」
「そうでない話もあるが」
「そうだよねー。王子様と王子様で結婚したっていいよねー」
しまったっ。
他のクラスの友達なら冗談だと聞き流してくれるけど…
沢村はまた眉を寄せて考えている…
「長靴をはいた猫」
「…沢村?」
「長靴をはいた猫はどうだろう。己を僕と呼び、末の息子をご主人様と使える猫を
少年と捉えれば王子と王子だ。いやしかし姫は存在する…」
沢村はなおも考え込んで次々と僕の知らない物語の名を口にする。
しかしどれも条件に合わないらしい…
「あの、別に考えてくれなくてもいいんだけど…」
「!すっ、すまない」
何でも深く考えてしまうらしい沢村は、またも顔を赤くした。
動きに困って本を閉じ、立ち上がる。
「その本読まないの?」
「よっ、読むが」
「読まないなら僕と―……」
外で遊んでよ。
本棚の奥に行ってイイ事しない?